(1) ベートーベン:ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2 「月光」

西洋クラシック音楽における最大の発明が「ピアノ」です。
一人のピアニストがこの楽器を操ることで、100人を超えるオーケストラと互角に渡り合うことが出来ます。いや、ホロヴィッツのような化け物の手にかかると、そのオーケストラを圧倒してしまうことだって出来ます。
しかし、一転して、メニューヒンが「文学的な楽器」と言ったように、繊細な響きで繊細な物語を繊細に語っていくことも出来ます。

ピアノはその様に繊細な響きからオーケストラを圧倒するような響きまで出すことが出来るので、発明されたときは「フォルテピアノ」と呼ばれていました。実に簡明にして率直なネーミングで、演奏者のタッチの強弱によってフォルテからピアノまでの多様な音の強弱が実現できる楽器であることを表していました。
そして、「フォルテピアノ」がいつの間にか短縮されて「ピアノ」になるのは「スターバックス」が「スタバ」になったりするのと同じです。(^^;

「フォルテピアノ」が登場するまでの鍵盤楽器の王様は「チェンバロ」でした。
この二つの楽器は見た目は非常によく似ています。

フォルテピアノ

Fortepiano

チェンバロ

Cembalo

しかし、この両者は音を出す仕組みが全く異なります。
音を出すための弦が張られているのは同じなのですが、「フォルテピアノ」はその弦をハンマーで叩くのに対して「チェンバロ」はその弦をはじいて音を出します。
つまりは、「フォルテピアノ」は基本的に「打楽器」(注:テストで分類を聞かれれば「鍵盤楽器」と答えましょう^^;)であるの対して「チェンバロ」はギターなどと同じ「撥弦楽器」に分類されます。

「チェンバロ」はどんなに強く鍵盤を叩いても音量は変化しません。また、音も速やかに減衰していきます。
結果として、複数の声部が絡み合っていく音楽を演奏するには最適ですが、縦の和声を響かせるは至って不適です。
それに対して「フォルテピアノ」は縦の和声を豊かに響かせることが得意であり、その響かせ方によって様々な音色を作り出すことが出来ます。また、複数の声部が絡み合っていく音楽を演奏する事も、演奏家にそれに相応しい技術があれば不可能ではありません。

つまり、この「フォルテピアノ」の登場によって、音楽家は途轍もなく大きな可能性を手に入れたのです。

この「フォルテピアノ」は1700年にパドヴァのバルトロメオ・クリストファニなるチェンバロ職人によって発明されたとされています。そして、この楽器は長い時間をかけて改良が加えられ、概ね20世紀の初頭には現在のフルコンサートグランドピアノにまで至ります。
その改良点のポイントは、音域の拡大と音量の拡大です。

発明当初は4オクターブにすぎなかった音域は現在のフルコンサートグランドピアノでは倍の8オクターブ近くににまで拡大されています。ちなみに、モーツァルトが使っていた「フォルテピアノ」は5オクターブ、ベートーベンの場合は6オクターブだったと伝えられています。しかし、それに物足りなかったベートーベンは、自分の「フォルテピアノ」では出ない音をしばしば作品の中で使っています。

そんなベートーベンが「フォルテピアノ」の可能性を求めて様々なチャレンジを繰り返している時期に生み出された作品の一つが「ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27-2」、通称「月光ソナタ」です。
ベートーベンの数あるピアノ作品の中でもっとも有名な作品であり、さらに言えばクラシック音楽における数あるピアノ音楽の中でももっとも有名な作品だと言い切っていいでしょう。

全体は3つの楽章から出来ています。

第1楽章は「アダージョ・ソステヌート」

左手が執拗に繰り返す3連符は聞き手に催眠効果を与えます。演奏する側にとっては、この3連符を安定したリズムで絶え間なく、しかし表に出ることなく控えめに表現し続けることはかなり難しいようです。ほんの少しでも右手の幻想的なセンチメンタリズムに影響されてその規則正しい動きが滞ると、音楽はとたんに損なわれてしまいます。
譜面づらは非常に優しいのですが、この楽章を正確に演奏できるアマチュアのピアニストは滅多にいません。ですから、あなたの友人、もしくは恋人が「月光ソナタ」を弾いてあげると言えば、適当な理由を見つけてお断りすることが賢明です。

第2楽章は「アレグレット」

前の楽章から「アタッカ(楽章/各曲の境目を切れ目なく演奏すること)」で演奏されるべきですが、そうしないピアニストもいます。
ベートーベンが「アレグレット」と指示していて、さらには弟子であったチェルニーも活発な演奏をするようにと主張していたので、その気分転換を聞き手に分かりやすく伝えるためにここで少し間を開けるピにストが少なくないのです。
しかし、ベートーベンは明確に「アタッカ」でこの楽章にはいるように指示しています。

こういう事が起こる背景には、ベートーベンの時代の「アレグレット」が今の時代にイメージされる「アレグレット」よりもかなり遅かったという事実があります。
音楽は、ここでも依然として憂愁の風情をたたえています。ですから、第1楽章のセンチメンタルで幻想的な雰囲気から少し表情を変えてアッタカで入るべきなのです。

第3楽章は「プレスト・アジタート」

「アジタート」とは「激して。興奮して。せき込んで。」という意味です。
友人はこの楽章のことを「月を見て狂った」と言いました。言い得て妙です。

普通のピアノソナタは第1楽章にソナタ形式の音楽を持ってくるのですが、この「月光ソナタ」では最後の楽章にソナタ形式の音楽が配置されています。ですから、このソナタの重点は明らかにこの最終楽章に置かれています。

ベートーベンの特長は「驀進」です。そして、ピアノソナタの分野ではじめて驀進したのが、意外な感があるかもしれませんが、この「月光ソナタ」においてなのです。
そして、第1楽章の幻想性と最終楽章の凶暴なまでの驀進とのコントラストにこそ、ベートーベンの凄さを見るべきです。

(P)バックハウス 1958年録音

バックハウスのステレオ録音に関して、サイトの紹介では奥歯に物の挟まったような書き方になっていました。
あの頃は、この演奏の良さが十分に分かっていなかったのだと反省しています。

「ここから聞き始めよう50曲」の一番最初からこんな事を書くのは気が引けるのですが、楽譜を見ながらこの録音を聞くと、バックハウスの偉さが分かってきます。

長い間の演奏習慣で「楽譜にはこう書いているが、こんな風に演奏した方が客に受けるよ!」みたいな部分がたくさん継承されているのですが、バックハウスの演奏はそう言う誘惑に対しては驚くほど禁欲的です。ですから、ベートーベンのピアノ曲をはじめて聞くときには、彼の演奏は絶対的に信用できます。

さらに、バックハウスのピアノの響きはとても綺麗です。クリアでありながら低音の深々とした響きはとても魅力的で、今のピアニストでもこんな風に美しく響かせることが出来る人はほとんどいません。そして、その美しさがはっきりと分かるのは、残音ながら覇気に満ちた50年代初頭のモノラル録音ではなくて、このステレオ録音の方です。

ここから聞き始める50曲となれば、選ぶべきはやはりこの一枚でしょう。

1件のコメント

  1. 流石です。分かりやすさと面白さは・・・・、なかなかここまで書ける人はいないと思いますよ!! 謙虚な所も吉田秀和に、匹敵しますね。確かに、吉田秀和は、偉大です。でも、彼とて人の子。それに、吉田秀和が、50歳前後の時、こういった知識を得るのには、並大抵の事では無かったはずです。だから、ユング君さんにしかできない仕事ですよ、これは。2年も経てば、考えも変化するでしょうし、また、書き直さなくてはならないかもしれません。私の希望としては、ユング君さんの独断と偏見と深い思入れを、熱い思いで、書いてほしいです。初心者の方々が、もし、クラシック音楽の天国的な世界に踏み込んでいくとしたら、ユング君さんの音楽への情熱を分かりやすく、遠慮せずに、難しい曲でも、紹介していく事が、一番だと思います。今後このシリーズ楽しみにしています。ユング君さんのペースで、のんびり書いて行ってもらいたいです。

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